この時期、私は脱水症状の影響で、同じような入退院を【9回】も繰り返していました。しかし妻は『お父さんはもう死なない。』と強い信念を持って私を支えてくれていました。

脱水症状の影響が安定して退院しても10日もしないうちに、また入院と言う事も多々ありました。退院しても通院しながら点滴を受け、自宅でも水分を多めに摂っていてもでした。

どうやっても胆汁などで体外に出てしまう量に追いつく事が出来ませんでした。

水分も、喉が渇いて飲むのなら美味しく感じますがただ義務的にひたすら体内に入れるためだけの水分は飽きるし、大きなストレスになっていました。


私の気分転換法は『氷』を活用しました。

かき氷にして、シロップをかけて食べたり、スポーツドリンクなどで口直しをして味を変えて食べたり飲んだりしていました。

私は肝臓ガンで闘病生活を送っているはずなのに、この頃は『肝臓ガン』ではなく、『脱水症状』で闘病生活を送っているようでした。。。


しかも、『副作用』で・・・。

何とも空しく、また憤りさえ感じてしまう期間でした。


しかし、そんなある日、妻がこんな話しをしてくれました。

「お父さんが脱水症状を起こす度に救急車で運ばれて緊急入院するでしょう・・・、私はその度に主治医に呼ばれていたんだよ。
『ご主人はもう助かりません。』っていつも言われてた。。。

でもね・・・、4回目の脱水症状での緊急入院の時、先生にそれを言われた時はさすがに『もうお父さんは絶対に死なない』って思っていたし感じていたから思わず笑いながら話しを聞いちゃったんだ。。。

先生には『奥さん、笑っている場合じゃないですよ。』って怒られちゃったけどね。」



また同じ時期、こんな話しもしてくれました。

「大学病院での肝臓移植を断ったでしょ・・・、その当時、あの先生は大学病院にいたらしくて肝臓移植の準備を進めていた大学病院側はとても大変だったと先生が言ってたんだ。
それも、まるで私達が悪い事をしたかのような言い方でね。。。」



「嫌な思いばかりさせてしまってゴメンな。でも、もしあの時肝臓移植を受けていたら、俺はもうこの世にはいなかったかも知れないよ。

2,500万円と言う家一軒分位の高額な借金だけが残って。。。
そう考えると俺が肝臓移植を断ると言う決断をした事は決して間違えではなかったと思っているよ。」


「うん。確かにそうだね。今こうしてお父さんが生きているのだから私もそう思う。。。」


何度も死の宣告を聞きながらも『お父さんはもう絶対に死なない』と思っていてくれた妻の信念と、肝臓移植を断って、自分なりの代替療法『食事と健康食品等で免疫を上げる』に全てを賭けると決めた私の信念が、神様に伝わって今の私があるのかも知れないと感じていました。




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