肝臓移植を止めた理由・気持ち

私は結果的に肝臓移植は断りました。

その背景にはいろいろな気持ちがありました。

しかし、これはあくまで私、『一個人』の考え方です。

ご理解頂いた上で読んで頂けたらと思います。



私の肝臓ガン末期症状を家族は考え、私が唯一生きられる方法として、肝臓移植と言う手段を探してきてくれました。

しかもその肝臓移植の提供者予定者は《妻》でした。

もし妻が相性的に無理ならばと子供達まで名乗り挙げてくれました。


私は自分が生きるために大事な妻の、しかも健康な身体にメスを入れて肝臓を切除するなんて言う事は考えられませんでした。

万が一、切除したために大事に至る事だって十分に考えられる訳です。

私には妻を肝臓提供者として、肝臓移植を受ける事など、とてもとても考える事は出来ませんでした。


それに費用だって、私個人にはどうする事も出来ない額でした。

約2,500万円という金額でした。

保険が適応されれば、また状況は違っていたのかも知れませんが当時の私の状態は、腫瘍の大きさ・数など保険適用外の値だったのでどうする事も出来ない、そしてまた、背負うには余りにも大き過ぎる金額でした。


仮に私が肝臓移植を受けるため大学病院へ入院したとします。

保険適応になる(する)ため、抗がん剤治療で腫瘍を小さくする治療を行います。

抗がん剤治療の副作用に少なからず苦しみます。

副作用に苦しみながらも治療終了。再度検査をします。

ここで保険適用になっていれば良いのですが、
もし小さくなっていなかった場合、更に強い抗がん剤で再治療となると思います。

この時点で私の体力は限界を超えてしまい、『死』が来るでしょう。


こんなストーリーが頭の中でありました。

病院の先生方は、そんな私の状態でも肝臓移植の手術を行うと思います。

【私の生死】と【病院経営・キャリア積み】とは全く関係無いですから。


それより何より、肝臓提供者のリスクも大いに考えられます。

ただでさえ、健康な体の妻にメスを入れて、手術中、もしくは手術後に私の弱った体にもしもの事が起きたら妻の肝臓もそして、《気持ち》も無駄になってしまうのです。


それでも妻はしばらくの期間は無菌の集中治療室で寝たきりになります。

そんな事、私には考えられませんでした。


上手く言えませんが、私個人の考えとして私は、肝臓移植はやはり出来ないと判断し、
今後も基本的にはその健康食品と妻のバランス考慮の食事に賭ける事に決めました。


人間のイザとなった時の【直感】は本当に素晴らしいものだとこの時とても感じました。




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