肝臓移植の説明を聞きに大学病院へ 2

やっとの事でたどり着いた大学病院の待合室。


しかし私は待合室で待っている間も、
自分の身体から出てきている胆汁の量が気がかりで仕方がありませんでした。


 

↓当時、胆汁を入れていた容器です。
このようにショルダーバッグに入れて移動していました。

胆汁容器




この胆汁の容器、500ccでいっぱいになってしまうため、
あふれてしまう恐れがあったからです。


胆汁は尿や便のように自分の意思で止めたり我慢したりする事は出来ません。


自分の意思でコントロール出来ないので、頻繁に容器の中身を確認したりと
不安であり面倒でもありました。


 

それとは別に強い疲労感もあり、イスに座っているのがやっとの状態で
とにかく出来れば横になりたい・・・、
精神的にも肉体的にもいっぱいいっぱいな状態で順番を待っていました。




これも余談ですが、『紹介状』と言うのは決して特別なものでは無いんですね。。。

私はわざわざ先生に紹介状を書いてもらっているので
優先的にすぐに診察してもらえるものと思っていました。

しかし実際は、全く違いました。

周囲を見渡すと皆、私と同じように白や茶色の封筒を持っていました。

皆さん、紹介状を持って診察に来ている方ばかりなのだと知りました。




受付をしてから『約3時間半後』・・・、やっと名前が呼ばれました。


私は既に、気力・体力とも使い果たしてしまっているような状態でした。


そんな状態で診察室へ。



紹介状と、当時入院していた病院で検査をしたCT画像等見ながら
先生の説明が始まりました。


 

まずは、肝臓移植について、多くの成功事例を話して下さいました。


 

そして先生が言いました。

「笹野さんの肝臓がんの腫瘍は一番大きいものが5センチ以上と思われます。
その他にも右の肝臓の中に10円玉大のがんの腫瘍が3つありますね。」

肝臓がんの腫瘍が5センチ以上の場合と、
がんの腫瘍が4つ以上の場合、健康保険が適用されません。



 

思いもよらぬ先生の言葉に、私と妻はぼう然としていました。



『保険が効かないと言う事は・・・、全て実費と言う事か。。。』



ぼんやりと他人事のように理解していました。。。



 

 




 

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