結局娘の結婚式には出られず…

結局娘の結婚式には出られず、私は何のために早めに入院をして結婚式に出られる準備をしていたのだろうか。

倒れる直前に看護師さんに打ってもらったあの注射が原因なのか・・・?

全く何が何だか分からず、ただ娘の結婚式には出られない現実だけを叩き付けられているような感じでした。


自由にならない自分の身体を恨んでしまいました。

肝臓ガンの末期を患いながらもこうして癌が消えはじめ、生きていられる事にとても感謝していましたが父親として娘の晴れ舞台に立ち会えないと言う悔しさ、無念さは時が経った今でも心に残っています。


結婚式前日、集中治療室から4人部屋の一般病室に移りました。

私はどうしても結婚式に出る事が諦めきれずベッドから降りて点滴台を支えにして歩いてみました。

しかし、フラフラしてしまい、歩くどころか立っているのが精一杯ですぐにベッドに横になってしまいました。

本当に悔しい思いをしました。


この日の午後、妻がお見舞いに来てくれました。

「子供達には話しておいたからね。今はお父さんの身体が良くなる事が何より大切だからねって子供達も言っていたよ。」

妻も私の気持ちを察して理解してくれていたのでしょう、言葉を選んでしゃべっているようでした。


そして結婚式当日。いつものように朝早く目が覚めました。

点滴台を支えに歩いてみましたがやはり、フラフラでした。

外が明るくなり始めた頃、私は窓の外を眺めながら考えていました。


『今行けばまだ結婚式に間に合う・・・。』

『でもほとんど歩けない・・・、どうすれば良いか?!』

『電車に乗って最寄駅まで行けたとしても結婚式場まで歩けるか・・・?』

『タクシーがあるじゃないか。でも服装はどうするか・・・???』


そんな事を考えてベッドから立ち上がってもまたすぐにフラフラして倒れてしまう。

どうしても行きたい!行ってやりたい!!!気持ちと身体が全く別物になっていました。


結婚式の時間が近づくと、私は居ても経ってもいられず、フラフラしながら喫煙所で時間を潰していました。

胆汁と胆汁の容器を恨めしそうに見つめながら時間だけが過ぎて行きました。


夕方、妻から電話がありました。

結婚式が無事に終わったとの事でした。

「娘の花嫁姿はとっても綺麗だったよ。娘とふたりで『ここにお父さんがいたらどんなに喜ぶだろうね。』と言ってふたりで泣いてしまったんだ。。。」

私は嬉しいながらも無事に式が終わった事に安心し、病室に戻りました。

娘の結婚式
この写真は娘の結婚式が行われた方向を病室からみた景色です。

私はこの日、この景色を何度も、何時間も眺めていました。

そして私はこの日からタバコを吸うのを辞めました。




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