余命3ヶ月の宣告が妻にされてから早1年が過ぎました。

私の状態は、肝臓ガンの進行が進んでいるようには感じませんでしたが、薬の副作用が大きな原因で、胆汁の出がなかなか安定せず、何度も入退院を繰り返していました。

癌の腫瘍は、一番大きなガン腫瘍はまだあるものの、10円玉大の腫瘍は3つ消えてしまいました。


何が効いたのかは正直、分かりませんが毎日の食事を中心として、サプリメントや健康食品の力も借り、自分なりに考えた『総合力』で免疫力を最大限に上げ続け少しずつ良い方向に進んでいたのではと今でも考えています。


『胆汁さえ安定してくれれば・・・。』


そう思っていた矢先、また胆汁が止まってしまいました。

私は早速また、妻にも手伝ってもらいながら胆汁の処置を行いました。

しかし、今回は思うように行きません。。。

生食水を注入し、その後、注射器を引く事がどうやっても出来ませんでした。

注射器が全く動きませんでした。私は何度かやり直してみましたが、やはり出来ませんでした。

あまり生食水を身体に入れ過ぎると、またこの前のように副作用が出てしまう。。。


そう考えた私は自分での処置を止め、病院へ行って処置してもらう事にしました。

しかし病院で主治医に処置をしてもらってもやはり、注射器を引く事が出来ませんでした。


「笹野さん、入院して検査してみましょう。もしかしたらまた、チューブの交換が必要になるかも知れません。」


こうして私はまた入院となってしまいました。

ガッカリでしたが、この時も窓際のベッドでしたし、癌の進行によるものでは無い事で私は素直に『諦め』る事が出来ました。


病室にいると看護師さんが胆汁の様子を見に来ました。

「胆汁は止まったままです。もし胆汁が出るようになったら、大変だから自分で容器を空にしますよ。捨てた量だけ看護師さんに伝えれば良いでしょ?!」

「ありがとうございます。そうしてもらえると私達も助かります。」


こうして私はこの日から病院の票と私のメモ帳に胆汁の量を毎日書き込むようになりました。

胆汁記録帳1|肝臓がん克服闘病記
↑このメモ帳が当時使っていた『胆汁記録帳』です。日にちに斜め線が引いてあるのは『今日も一日生きられた』と言う意味で自然に付けるようになっていました。。。

胆汁記録帳2:肝臓がん克服闘病記
↑お昼の12時から翌日の12時までが『一日』となり、日中は大体2時間ごとに記録していました。

胆汁記録帳3:肝臓がん克服闘病記
↑1日ごとの合計量を書きこんでいたページです。今回は胆汁が詰まって入院したため、初日は【0・ゼロ】となっています。

2005年(平成17年)3月7日、【0・ゼロ】と書きました。

翌日も胆汁は出て来ませんでした。

その日の回診は主治医が休みだっため、代わりに同じ外科の先生が診てくれました。

私が胆汁が止まってしまった事を話すと先生は看護師さんに何か指示を出しました。

すると看護師さんは回診台の中から、今までに見た事も無いような小さな注射器を取り出し、先生に渡しました。


先生はその小さな注射器で処置をしてくれました。

するとその直後、約2日間も止まっていた胆汁が流れ出しました。

『これでチューブ交換しなくても大丈夫だ・・・。』

私はホッとしました。


そしてそれと同時に、ちょっと失礼になってしまうかも知れませんが先生の医療技術と言うのはやはり、かなりの個人差があるなとも改めて思うキッカケになりました。


結局のその日は『170cc』。


しかし次の日、一気に爆発しました・・・。

『5,800cc』。。。後にも先にも一番多い日だったと思います。

6リットル近くの水分を1日で補給するのは大好きな『酒』でも無理かと。

しかしそうは言っていられません。


身体の吸収率を考えスポーツドリンクを先生に勧められたので飲み続けました。

それこそ飽きる程スポーツドリンクを飲み続けました。。。




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