久し振りに孫と遊ぶ

日曜日は病院もお休みなので、私は週に一度、日曜日だけ点滴から解放され、自由の身になる事が出来ました。

ある日曜日、私は体調が良く、天気も良かったので久々に孫達を集めて遊びに行こうと妻に提案しました。

妻も賛同してくれ、早速長男夫婦に連絡し、まずは長男の自宅へ。

久々に笑顔で孫に会う事が出来、孫も大喜びでした。孫を車に乗せ次は長女の自宅へ。


その途中、大きなローラー滑り台と展望台があり、私達3人で『寄り道』をしました。孫は何と言ってもローラー滑り台です!

「じいちゃん!一緒に滑ろう!」とせがまれました。

私は当時、40キロ前後しかなく、車の運転をするにしても、座席にクッションを敷かなければ尻の痛みに耐えられない程だったので、滑り台は間違いなく無理です。

妻に代わりに滑ってやってくれとお願いしたのですがそれを聞いていた孫はどうしても私と滑りたいと更にせがんで来ました。

孫にせがまれるのがじいちゃんとしては一番弱くて嬉しい事・・・、私は正直、不安でしたが、孫の手を取って、3人でローラー滑り台の頂上へと登って行きました。


フラフラしながら何とか滑り台の頂上へ。

下を見下ろすと結構な高さがありました。

『結構な高さだな・・・、まだ幼い孫がこの高さから滑って大丈夫かな。。。』
自分の尻も心配でしたが、結構な高さに孫が大丈夫かとても心配になりました。

しかし、孫はもうハイテンション、「早く早く!」と待っています。孫の安全を考え、私が先頭で、妻が最後、間に孫を乗せて滑る事にしました。

かなり長い滑り台に孫は大はしゃぎでした。

私はやはり途中で尻の痛さに耐えられなくなり、途中から、足でしゃがみながら滑りました。

やっとの事で滑り終えましたが孫は「もう1回!」と更にテンションが上がっていました。

私はもう本当にダメだと思い、2回目は何とか妻と2人で滑ってもらいました。

2回目も楽しそうに2人で手を振りながら滑って来ました。

孫も満足したようだったので、売店でソフトクリームを買い食べながら車まで歩いて行きました。


・・・とその途中、孫がソフトクリームを一口二口食べたばかりでした。。

『ポツン ポツン・・・、バシャーッ』と雨が一気に降って来ました。

私は孫のソフトクリームを持ち、急いで孫を引張って車まで行きました。

幸い少し濡れた程度で済みました。それはそれで孫も大喜びでした。


その後長女の自宅へ。

孫同士、楽しそうに遊んでいます。。。


『あとどの位、この子達の成長を見守ってあげられるのだろうか・・・。』
私は少しでも長くこの子達のそばで成長を見ていたいと思いました。

それと同時に、このような時間・・・、孫達が楽しく遊んでいる姿を見ている事が私にとっては何よりの『妙薬』になるのだと言う事もこの時とても感じました。


この日は1日楽しく、生きている実感を味わう事が出来た久々の『休日』でした。




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