ワラにもすがる思いで・・・

肝臓移植について、ほとんど調べもせずに説明を聞きに行ったため予想外のケタ外れの金額を聞き、ビックリしてしまいました。

先生にはとにかくその場だけのうやむやな返事をする事しか出来ませんでした。


すると突然、妻が言いました。

「先生、費用は何とかします。肝臓も私が提供者になりますから、何とか肝臓移植をお願いします。
主人を助けて下さい。」



私は何も言えませんでした。

妻はその日の内に肝臓移植の具体的な話しを進めて手続きをしました。

私は肝臓移植のため、その大学病院に入院する事になりました。

入院日は2004年(平成16年)4月9日と決まりました。

今後の予定は大学病院からの電話を待つという事で、この日の診察は終わりました。


私は家に帰るわけではなく、当時入院していた病院へ戻りました。

帰り道、今度は妻がひとりでもこの大学病院に来れるようにと車の中で道順の説明をしました。

と言うか、他の会話はお互い避けているような感じでした。

大学病院での診察の事、肝臓移植の事などお互い一言も口にはしませんでした。


肝臓移植、ケタ外れな費用をはたしてどうするのか。

私の身体が抗がん剤治療に耐えられる体力を持っているのか。

もしかしたら、肝臓移植を受ける前に死んでしまうのではないだろうか。


口には出さないまでも、頭の中では肝臓移植の事について様々な思いや不安がグルグルしていました。

病院へ到着し妻と別れ、私はまた一人肝臓移植について考えていました。


『大学病院へ入院するまで約2週間ある。この2週間で何かできる事はないだろうか。
このまま時が過ぎるのを待っていれば良いのだろうか。』



これと言った【得策】も思い浮かぶはずもありませんが、私はワラにもすがる思いで手当たり次第に友人、知人に電話をかけ始めました。

なんだか分からないが、『何か』を見つけたいために。


電話では自分が肝臓ガンになってしまった事、
肝臓移植の事、
当時飲んでいたサプリ(健康食品)は今いち自分には合っていない事、
そして他に何か癌に良いものを知らないかなどなど。


本当にワラにもすがる思いでした。

何をして良いのか分からないが、何かをしなくてはと言う思いでした。

電話を受けた友人や知人だって、いきなりそんな話しを聞いてもただビックリするだけで何も出来ないと思います。

もし私が逆の立場だったとしてもそうだと思います。

そんな事、自分が一番良く分かっていたのですが何かをしていなくてはいられませんでした。


しかし、この時のこの【行動】が私の人生を大きく変えてくれる事になりました。


やはり何にしろ、【行動】は大切だと思います。




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