バルーン手術可否検査のため入院

2004年(平成16年)4月26日

私はバルーン手術(胆管を広げる手術)が可能か否か相談するため病院へ行きました。

大学病院での肝臓移植を断ってから最初の診察だったのでカルテ等がこの病院へ届いているのか、また先生方の心情等、何となく気まずい気持ちもありました。


でも、自分の命にかかわる事、誰にどう思われようとなりふりなんかかまっていられません。

死んでしまっては元も子もありませんから。

自分が良かれと思った事を実践して行くのみです。


名前を呼ばれ診察室へ。

先生に挨拶をし、いきさつを話しました。

肝臓移植を断った事についても先生はうなずきながら私の話しを聞いてくれました。


最後に例の相談をしてみました。

「先生、1つご相談があるのですが、胆管を広げる手術と言うのは可能ですか?
胆管を広げられればこのわき腹のチューブも要らなくなって楽になれると思ったので。」


「胆管を広げる手術と言うのは可能です。
しかし笹野さんの現在の状態で可能かどうかと言うのは検査をしてみないと何とも言えません。検査してみますか?」


「お願いします。」


私は二つ返事で検査をお願いしました。それも出来るだけ早い方が良いとお願いしました。

結果、2日後に入院する事になりました。

私はその日の内に入院の手続きを済ませて家に帰りました。


その2日後の4月28日、バルーン手術(胆管を広げる手術)が可能か否かを検査するため予定通り入院しました。

1ヶ月ぶりの入院でした。

2種類の健康食品については、病室が決まり次第妻に届けてもらうようお願いしました。

「俺がまたあの病棟に行ったら看護師さん達、皆驚くだろうなぁ。
1ヶ月前、肝臓移植するって退院したはずなのに何でまた?って思うよな。」

「そうね。みんな驚くよね。でも何よりお父さんの体調が少しずつでも良くなっているのが私は嬉しいよ。」

そんな会話をしながら車で病院へ向かいました。


病院へ到着すると、『予想通り』看護師さん達は驚いていました。

肝臓移植うんぬんよりも、末期ガン末期のはずの私が1ヶ月前より確実に元気になっている事に驚かれていました。


確かに私のような末期ガン患者も珍しいと思います。

そんな看護師さん達との挨拶もそこそこに済ませ病室へ。


この時の病室は4人部屋でした。

同室の患者さんに挨拶をし、着替えました。

妻は荷物の整理をしてくれました。


先生に会いに行くまでにまだ時間があったので妻と一緒に1階のベンチで缶コーヒーで一服しに行きました。

「手術がどうなるにしても5月の連休までに退院は難しいかな。そうなると今年のGWは孫達と遊びに行けないか。
でもこのチューブさえ取れれば、これからは今まで通り何処でも遊びに連れて行ってやれるからな。
1日でも早く肝臓ガンを治さないと。」


私は期待一杯に妻に話していたのを覚えています。




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