食事はとても大切だと思う

5月の連休が間近にせまっていました。


私が無事退院出来れば、ゴールデンウィークは
子供達が孫達を連れて我が家に遊びに来る予定になっていました。


私はその頃テレビでたまたま観かけた『イチゴ狩り』に目が留まり、
せっかく皆が集まるゴールデンウィークはイチゴ狩りに連れて行ってやろうと考えていました。


私は何とか5月の連休前に退院出来るよう、出来る限り体調を整えていました。


 

しかし、味覚の変化の症状だけは全く良くなる気配がありませんでした。


言い方は悪いかも知れませんが
ただでさえ、病院食は決して美味しいとは言えないと思いますが、
味覚の変化のせいで、更にまずく感じるようになっていました。


私は妻にお願いして、醤油やソース、ケチャップなど
いろいろな調味料を持ってきてもらっていました。

これらの調味料を駆使して何とか食べる努力をしてみましたが
完食する事はなかなかありませんでした。


看護師さんへの食後の報告も、この頃はいつも「半分くらい」と答えていました。


 

しかしこの頃、1階の売店には毎日のように通っていました。

味覚の変化で、何故か甘いものを好むようになってしまった私は、
チョコレートやカリントウ、煎餅などを好んで食べていました。

特にお気に入りは『ぶどうパン』でした。

しかしぶどうパンは数に限りがあって売り切れてしまう事も多々あったので
私は売店の方に特別にとっておいてもらったりしていました。

長い間入退院を繰り返しているとそれなりに顔が利くようになっていたからです。


 

これは私の考え方ですが、
私と同じ病気の方やそのご家族の方達の中には
食べるものに気を使って、病院食以外は食べないし食べてはいけないと
考えている方が実に多いと思います。


私は『生きるために食べたいものを食べたいだけ食べる』
と言うスタンスで闘病生活を送っていました。


人間、『食べてナンボ』だと思います。


口から食べる事によって体力がつき、元気な体になっていくのだと思います。


逆に食べなければ体力が無くなり免疫力が下がって、病に蝕まれてしまうのだと思います。


その観点から考えると、病院食が食べられないからと言って
そのまま自分を『放置』する事など、全く考えられませんでした。


それが良いとか悪いとか、私には関係ありませんでした。


 

この時期、甘いものが多かったせいか、私の体重は増え始めていました。


40キロ前後をウロウロしていたのが
一気に『44キロ』まで増えました。


 

増え方が良いか悪いかは別として、
末期がん患者の体重が増えると言う事は決して悪いこととは思いませんでした。



 

 





 

 

 

 

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