胆汁から赤いミミズのようなものが…

結局私は連休前に退院許可をもらう事は出来ず、GWは病院で過ごす事になってしまいました。


連休中、子供達夫婦が孫を連れて見舞いに来てくれました。


孫が来た時、私はちょうどベッドに横になりながら点滴を受けているところでした。

昼間から横になっている私を見て心配になったのか、
孫は「じいちゃん、だいじょうぶ?」と心配そうに声をかけてきました。


「じいちゃんは大丈夫だよ!もう少しで元気になるからね!
元気になったらまた動物園に行こうね。キノコ狩りも楽しみだな。」


「うん!」  孫は嬉しそうにうなずいてくれました。

 

長女は2人目の子供がお腹の中にいました。

6月初めが出産予定日でした。

女の子と言う事は事前に分かっていましたが、無事に産まれてくれればと願っていました。


 

皆が帰る時、私も一緒に病院の玄関先まで見送りに行きました。

点滴台を押して歩いている私の姿が不思議だったのか、
私は孫に「じいちゃんと一緒に押してみるか。」と言うと、
嬉しそうに一緒に押していました。


帰り際、孫がいつも楽しみにしている自販機の焼きそばを買ってあげました。

 

焼きそばを買った自販機|肝臓がん末期闘病記↑手前の自販機で焼きそばを買ってあげていました。



その頃の私にとって孫にしてあげられる事はその位の事しかありませんでした。

そして皆が帰って行く時・・・、これまたとても淋しい気持ちになりました。

私は一人病室へ。。。

 この写真は私が肝臓がん末期で闘病中、娘が携帯で撮ってくれた唯一の写真です。必死で生きていました ↑トップページに載せた写真です。
この写真はちょうどこの頃、撮ってもらいました。





そしてまたこの頃、私の病室の前を点滴台を押しながら
何度も何度も行ったり来たりを繰り返す中年の女性がいました。


私はある日、その女性に声をかけてみました。


その女性は腸の病気で、腸の働きが特に悪いと言う事でした。

「先生にはとにかく歩くようにと言われてこうやって歩いているのだけど、
腸がなかなか動いてくれないんです。
今、食事も止められていて点滴だけなんですよ・・・。
だから本当は、お腹が空いて歩くのもつらいのですが
腸が動かなければ食べられないですしね。。。
全く変な病気になってしまいましたよ。」

本当にいろいろな病気があるものだと思いました。


 

夕食後、胆汁の容器を見ると半分くらい溜まっていたので
私は胆汁の容器を持って胆汁を捨てに行きました。


ふと、チューブに目をやると、
チューブの中に、今まで見た事も無い赤いニョロニョロしたものが出てきていました。


それはまるで赤いミミズのようなものでした。


私は不思議に思い、それを眺めていました。


しばらくすると、その赤いミミズのようなものは出なくなりました。

そしてその後も出る事はありませんでした。


 

私はこの事を主治医に話そうと思いましが
どうせ「癌だから。。。」で片付けられてしまうと思い、
結局この事は話しませんでした。


 

今でもあの赤いミミズのようなものは鮮明に覚えています。

その位、不思議なものでした。


 

そしてその数日後、私は無事に退院する事になりましたが
廊下で見かけたその女性は、その日も廊下を歩き続けていました。







 

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