肝臓移植の説明を聞きに大学病院へ 1

主治医から肝臓移植専門の先生がいる大学病院へ
紹介状を書いてもらったものの、
家族の事をはじめ、様々な複雑な思いもあり、あまり気は進みませんでした。


しかし妻は
「先生もこうやって紹介状を書いてくださったのだから、
話しだけでも一度聞きに行こうよ。
肝臓移植を受ける受けないはその後に考えればいいじゃない。」と言います。

私は渋々、肝臓移植の説明を聞きに大学病院へ行く事にしました。



2004年(平成16年)3月26日

大学病院に肝臓移植の説明を聞きに行く日です。

余談ですが、私はこの日まで大学病院までは、
病院の車で送ってもらえるものだとばかり思っていました。

自分で言うのも何なのですが、
『こんな重病人を一人では行かせないだろう・・・。』と勝手に考えていたのです。


しかし、現実は・・・、そんな事は無いですね。。。

全くそんな『気配』を感じなかったので
「誰が俺たちを連れて行ってくれるのかな?」と妻に聞いてみました。

「お父さん、何言ってるの?!自分達で行くのよ。」


ある意味拍子抜けでした。。。



妻の運転では少々不安があったので、
一旦妻の車で自宅へ戻ってから私の車に乗り換え、高速道に乗り、
大学病院へと向かいました。

道中、体力的にとても辛かったのを覚えています。


肝臓がん・肝硬変ですのでとにかく疲れやすくかなり大変でした。

それこそ、アクセルやブレーキを踏む事すら大変でした。

ハンドルを切ると言うよりは、ハンドルにもたれかかって
運転していた感じでした。



そんなこんなで何とか大学病院へ。

当時入院していた病院も、最初は広くて良くウロウロしてしまいましたが
その大学病院はそれにも増して大きくさっぱりわかりませんでした。

駐車場もとても広く、自分の停めた場所すらわからなくなる程でした。


とても混んでいてやっとの事で車を停められたのは良かったのですが
その場所はちょっと外れの方でしたので
そこから大学病院(建物)まで歩くのがこれまたとても大変でした。

私はフラフラしながら必死で歩いて行きました。


建物に入ったら入ったで、患者さんでごった返していました。

何処に行ったら良いのか全く分からず本当に大変でしたが、
いろいろ聞きながら何とか待合室までたどり着く事が出来ました。



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