肝臓がんの末期に負けたくない

私と妻は、肝臓移植に対してそれぞれ考え方の違いはあったようですが
とにかくこれで正式に肝臓移植を断った訳だったので
とりあえずホッとしていました。


大学病院からの帰り道、車の中で私達は伊藤さんの話しをしていました。

伊藤さんとは健康食品を探して来てくれた私の友人です。


 

「伊藤さんには本当に感謝だよな・・・。
まだどうなるか分からないけど、とりあえずこの健康食品で良い状態になっているからな。」


「そうだよね・・・、
私も伊藤さんには本当に感謝しているのよ・・・。」


 

私が肝臓移植を断ったこの頃、その健康食品を飲み始めてから【約3週間】でした。

たった【3週間】でも、誰が見ても明らかに私の状態は変わって(良くなって)いました。


 

逆に、逆にです。。。

逆に最初に検査を受けてから肝臓がんの告知を受け、
この健康食品を飲み始めるまでの期間は【約1ヶ月】でした。

このたった【約1ヶ月間】で私の体調は急激に悪化しました。

体重も10キロ落ちました。


 

私はこの2ヶ月の間で異常なほど急激な【V字ライン】を描いていたようでした。


またそれと共に、今となっては言える事ですが
もしこの健康食品を紹介してもらうのがあと1ヶ月でも遅かったら
私はきっとこうしていられる事は無かったのだと思います。


 

そのくらい、末期がん患者の【時間】と言うものは大切なのだと思います。




自宅に着くと私はおふくろに、
肝臓移植を正式に断って来た旨を話しました。

おふくろは、うなずきながらも複雑そうな顔をしていました。


 

妻は自宅に着くとすぐ、子供達に連絡していました。

もちろん肝臓移植を断ってきた事をです。

電話口で妻は、少しですが笑顔が見えるようになっていました。


 

その翌日、娘が孫を連れてやって来ました。

娘も私が少し元気になった様子をみて、ホッとしたようでした。


 

「じいちゃん、だいじょうぶ?」


「うん!じいちゃんはだいじょうぶだよ。
じいちゃん、もうすこしでげんきになるから、そしたらまたあそびにいこうな。」


「うん!やくそくだよ!」


 

一緒に来た孫も嬉しそうにしてくれました。


そんな孫の姿を見ていると
『私は絶対に死にたくない・・・。
孫の成長をまだまだ見て行きたいんだ。。。』

そんな生きる生きる気持ち、
肝臓がんの末期だからと言って諦めない気持ちが湧いてきました。


 

私の孫です。
↑私の孫です。今ではこんなに大きくなりましたが
当時はまだまだ幼い幼児でした。
幼いながらも私に生きる希望を与えてくれました。(2013年4月小学6年生)



 

末期がんだって、闘ってやる!   そんな気持ちでした。




「遊園地でも行こうか?」


「えっ? 良いの?! 行けるの?!」


 

と、この時孫の顔を見ていたらそんな言葉がつい出てしまいました。

孫は大喜びでしたが妻も娘も呆気にとられている感じでした。


「少しくらいなら歩けるし、身体に良いから大丈夫だよ。」


 

こうして私達は久々に遊園地に行く事にしました。



 




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