癌で死にたくない、不安な日々を送る

私はワラにもすがる思いで、友人、知人に電話をしました。

しかしそれも終わると・・・、何もする事がありませんし、出来ません。


 

不安だけが募り、時間だけが過ぎて行きました。




それから数日後、私は大学病院で肝臓移植を受けるため、
当時入院していた病院を退院しなければなりませんでした。


『妻や子供達が考えてくれた結果、肝臓移植が最善策となったのだから
仕方がないけど、私はK県の病院と同じ治療とサプリメント(健康食品)を
選択したはずなのに何故こうなってしまったのだろう・・・。』


そんなボンヤリとした不安、
そしてまた、退院から大学病院へ入院するまでの期間も不安でした。

自宅で過ごす事は嬉しいですが、治療的な事は何も無い訳ですから。。。
ガン患者には『時間』がとても大切なことだけは良く分かっていたのでとても不安でした。


 

そんな中、妻がお見舞いに来てくれました。

着替えなどを持ってきてくれました。


「お父さんがいつでも家に帰って来られるように
ベッドなんかもキチンとしてあるからね。」   妻は言いました。


「外の自販機でコーヒーでも飲もうか。」


 

私は気分転換もしたかったので妻を誘って外の自販機で缶コーヒーを買い、
妻とたあいのない話しをしながら時間を過ごしました。




大学病院入院予定まであと10日となった日、
私は当時入院していた病院を退院しました。


退院の日、お世話になった看護師さん達も笑顔で見送ってくれました。


20-1



↑この時頂いた退院証明書です。



 

抗がん剤治療の準備をしていた最中、
肝臓移植の話しがでて、こうやって退院している自分に戸惑いもありましたが
久し振りに我が家に帰れる安堵と言うか、嬉しい気持ちもとても大きかったです。


 

自宅に帰るとおふくろが居ました。

おふくろは伴侶をがんで失い、息子(私の兄)も癌で失いました。

その上私まで肝臓がんの末期・・・。


おふくろが不憫でなりませんでした。


 

しかし、今までおふくろには心配させないようにと肝臓がんと言う病名は
伝えないでいましたが、この時、私の口からきちんと話しをしました。


また、それと同時に私は絶対に死ぬことは出来ないと自分に言い聞かせていました。

おふくろを先に残して死ぬわけにはいかないと自分に言い聞かせていました。


 

私は自宅に居れる期間、出来るだけ元気な素振りをして
おふくろや家族を安心させるよう心掛けました。



 

 




 

 

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