生きるために食べたい・・・

この頃の私の体重は『38キロ』まで減っていました。

少しでも早く『食べる』生活、
生きるために栄養を摂らなければならないと焦っていました。


しかし私の主治医は食べる事、そして飲む事を禁止しました。

私は造影剤の入れ過ぎから、主治医に対して不信感を募らせていました。


おまけに、外科部長の先生には
「抗がん剤を使用しなければ癌は絶対に治りませんよ。」とまで言われてしまいました。


『今こんな状態で入院しているのは誰のせいなのか・・・』

『俺は今は癌の進行(悪化)で入院しているのではない・・・』

『造影剤の入れ過ぎによる副作用で苦しんでいるのだ・・・』


『お前達、先生が悪いのではないか???バカヤロー。』


口には出さないまでも、私は心の中で叫びたい気持ちでいっぱいでした。


 

入院から1週間、私は毎日4本の点滴(500cc/本)をしていました。

1本あたり、約6時間かかるので、私の腕から針が抜ける事は無い状態でした。


針は2日位で取り替えてくれていました。

その度に腕の違う場所へ指しますので、
私の両腕は点滴の針で、あざの様な跡が点々としていました。


38キロしかないヒョロヒョロの人間の腕に点々としたあざのような跡・・・、
わき腹から出ているチューブ・・・、
普通の人が当時の私を見たら、到底助かるような人間には見えなかっただろうと思います。


私自身ですら、鏡に映る自分にそのような気持ちを持ちましたから。。。



 

 




 

 

 

 

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