死の恐怖と闘いながら…

肝臓がんの告知を受けたその日の夜、
私は病室で、ひとりいろいろな事を考えていました。
妻には少しでも休んでもらいたいため、自宅に帰しました。

 

やはり、真っ先に襲ってくるのは『死の恐怖』でした。

多少なりとも心の準備があったとはいえ、
『肝臓がん』と病名をつけられてしまうととても怖くなりました。

 

私はこのまま肝臓がんの末期で死んでしまうのだろうか・・・。

それとも奇跡が起こって何とか生き延びる事が出来るのだろうか・・・。

そのためには、どんな癌治療をしていけば良いのだろうか・・・。

K県の病院(当時飲んでいたサプリの病院)にまずは行った方が良いのだろうか・・・。

それとも他に何か良い方法(治療法)があるのだろうか・・・。

 

そんな事が、頭の中で行ったり来たりしていました。

 

その翌日、当時私ががん予防のため飲んでいた、癌に効くと言う2種類のサプリ(健康食品)を私に勧めてくれた知人に電話をしました。

知人には、肝臓がんになってしまった事を伝え、肝臓がんになってしまった以上、
今までがん予防のために飲んでいた量ではダメだと思い、
私に合った量をK県の病院に連絡をして聞いて欲しいと頼みました。

 

知人はすぐにその病院に連絡を取り、私に連絡してきてくれた。

それによると、通常の3,4倍の量で飲んで下さいとの事でした。

肝機能検査をした以降、私なりに量は増やしていましたが、
それを超える量でした。私はそのまま従いました。


 

 

その日の午後、私の肝臓がんの治療方法について、担当の先生から説明がありました。

先生の説明によると、偶然だが、以前に知人から聞いていたK県の病院の治療法と同じでした。

 

『これならばK県の病院に行く必要もない。地元の病院で治療に専念出来る・・・。』

 

私は説明を聞いて、最先端のガン治療と最先端のサプリメント(健康食品)で『私は助かる!』と感じました。


 

 

実際、病院を移るということは、兄が胃がんの末期で入院していた時に
どれだけ大変かという事がわかっていましたし、
仮にK県の病院に移ることが出来たとしても、決して近い距離ではないため
家族にとっても大きな負担になってしまいます。

 

私は、先生から聞いた肝臓がんの治療方法を妻にも伝え
地元の病院で治療に専念することに決めました。





 

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