死の宣告を受ける

私は救急治療室のベッドに乗せられた直後、気を失ってしまいました。

妻の目から見ても私の意識が薄れて行くのが分かったそうです。

その後看護師さんが私の脈拍と血圧を測ろうとしていましたが
脈が取れないと言っていたそうです。

結局3人の看護師さんが私の脈を測ってくれたそうですが
脈はあるものの、数値には出来ないくらいで、
血圧も上が【60】だったそうです。


 

慌しい中、先生は処置にあたってくれました。

そしてその後、先生は妻を別室に呼びました。


「奥さん、ご主人はもう助からないと思います。
会わせたい人がいましたら今すぐ連絡をして下さい。」



 

私は『死の宣告』を受けていたのです。

妻はその時どんな気持ち、どんな思いで先生の言葉を聞いていたのかと考えると
今でも本当に胸が痛みます。。。

とても辛い思いをさせてしまいました。




それからどの位時間が経ったのでしょうか。

私は目を覚ましました。

辺りを見回すと、個室の病室で治療を受けている様でした。


私はふいにベッドで起き上がりました。

この時はもう、あの強い吐き気はありませんでした。


3日前まで入院していた病院だと言う事は分かっていたのですが
自分が今居る場所が全く分かりませんでした。


点滴台を押しながら廊下に出て看護師さんを見つけたので聞いてみました。


 

「ここはどこですか?」

「4階の病棟です。」


前に入院していたのは『3階』だったため、分からなかったようです。

それにしても3階と比べてとても暗い印象だった事を覚えています。

 

私は自分の病室に戻り、一息つくと、ナースコールで看護師さんを呼びました。

何故か・・・、それは相部屋の病室に変えてもらうためです(汗)。


個室であんなに怖い思いをしてしまったため、お恥ずかしい話しですが、どうしても相部屋にしてもらいたかったためでした。


 

看護師さんは快く(?)相部屋の病室へ案内してくれました。

そこは4人部屋でした。


今回は救急車での緊急入院だったため、身の回りのものが何もありませんでした。

妻が来なければタバコも吸えなければ、缶コーヒーも飲めません。

私は妻が来るまで、ひとり静かに病室から外を眺めていました。



 




 

 

 

 

 

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