様々な患者さん達・・・

あと1週間で退院の予定となった日、病室に患者さんがベッドごと運ばれて来ました。

この方はいつもカーテンが引かれたままで、顔の記憶はほとんどありません。

ただ、カーテン越しに聞こえる先生との会話で、
この方も癌を患っていると言う事は理解出来ました。


数日後の朝、私はいつものように朝4時頃目を覚ましました。

それからいつものように1階の喫煙所へ。

しばらく時間を過ごした後、病室に戻るため廊下を歩いていたところ、
廊下の脇から『かくれんぼ』でもしているかのように看護師さんが顔を覗かせていました。


私は何をしているのだろうと思い、看護師さんに声をかけ近寄って行きました。


看護師さんの奥にはベッドがあり誰かが寝ているようでした。

ベッドの上には白いシーツがかぶせられていました。


私はすぐ、誰かが亡くなってしまったのだと解りました。

鉢合わせしてしまったようでした。


私はそれまでにも同じような光景を何度も見てきたため
これが病院の現実なのだと割り切り、
特に驚く事も無く、何も話さないで自分の病室へと歩いて行きました。


病室に戻ると同室の方が皆起きていてうろたえていました。

さっき鉢合わせしたベッドの方は同室の方だったようでした。


病室の窓は全部開けてありましたが、何か異様な臭いがしていました。


何の臭いだか良く分かりませんでしたが
数時間後には何事も無かったかのように別のベッドが用意され次の患者さんが入って来ました。


 

またある日、今度は耳鼻科の患者さんが検査入院のため同室になりました。

私の居た入院病棟は『外科』、『泌尿器科』、『耳鼻科』の混合病棟だったため
様々な患者さんの入退院が多くありました。


この方の職業はタクシー運転手でした。

片方の耳だけ耳鳴りがひどいらしく、
その音はまるで踏切の遮断機程響いていて
入院するまでもいろいろな検査を受けたにも関わらず、病名が特定出来てないとの事でした。


その日の夜、カーテン越しにその方のすすり泣く声が聞こえました。。。

ハッキリと病状が出ているにも関わらず、病名が特定出来ないと言うのは
患者にとって、とても大きな不安があると思います。

自分の事や今後の事などを考え、つい男泣きしてしまったのだと思います。


私にもこの方の気持ちが何となくわかるような気がしていました。


 

また、こんな患者さんもいました。


腰痛で入院してきた患者さんで、
1日に、2、3時間程度、点滴を受ける治療を行っていました。


しかしその方は腰痛以外は特に悪い所も無く元気なため、
点滴をしていない時間はほとんど病室に居る事は無く、
先生や看護師さん達も手を焼いている患者さんでした。


その患者さんがある日、風邪を引いてしまいました。

きっと何処からかもらって来てしまったのだと思います。


しかもその風邪を同室の患者さん全員に移してしまいました。もちろん私にもです。


私のような重い病の患者に、風邪は大敵です。


そんな患者さんといつまでも同室にしている病院も病院ですが
この患者さんには本当に散々な目に遭いました。




他にもいろいろな患者さんがいらっしゃいました。。。

また、時々紹介して行きますね。



 

 

 





 

 

 

 

 

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