救急車・・・気を失う

病院を退院してわずか3日目の事でした。

退院直後からの体調不良、日を増す度に悪い方に進んでいました。


この日の体調は最悪で、ベッドから起き上がろうとすると
気分が悪くなり吐き気を催す状態でした。


私はあまりの体調の悪さに、
同じ家の中に居る妻を携帯電話で呼んだ程でした。


妻はすぐビニール袋などを持ってきてくれました。


「お父さん、かなり体調悪そうだから病院に行こう。」


そう言われて私も病院に行こうと、ベッドから起き上がろうとするのですが
やはり吐いてしまいました。

妻の手を借りて起き上がってみようともしましたが吐いてしまいました。


妻一人で私の身体を支えるのは大変なため
近くに住む長男を呼び、私を自宅の2階から1階へ運んでもらおうとしましたが
やはりダメでした。

私は1階で自動車修理(塗装)工場を営んでいて、2階が外階段で自宅になっていました。

そのため、外に出るにはどうしても外階段で1階へ降りなければなりませんでした。


そんな事を数時間繰り返していました。


 

「何とか自分の力で下(1階)まで降りるから救急車を呼んでくれ。」


妻に救急車を呼んでもらい、私は救急車が来るまで何とか1階に降りようと
階段を一段降りてはしゃがみ込み、一段降りてはしゃがみ込みと
妻と長男の手を借りながら降りて行きました。

私が転げ落ちないように、長男が私の下に居てくれました。


「お父さん、救急隊員の人が来たら運んでもらえば。」


そう妻に言われたが、ここは私の性分なのでしょう・・・、
変なところで救急隊員の方に気を使っていたのかも知れません。


 

やっとの事で下まで降りました。

遠くで救急車のサイレンの音が聞こえて来ていました。


 

私は離れのおふくろの家の縁台に腰をかけようとしましたが
上手く力が入らず、そのまま仰向けに倒れてしまいました。

しかし起き上がる力は残っていませんでした。


仰向けのまま、『早く来てくれ。』とサイレンが近づいている
救急車の到着を待っていました。


 

救急車が到着し、私は3日前まで入院していた病院へ運ばれました。

病院に到着すると救急治療室に運ばれました。


「イチ・ニ・サン!」の掛け声とともに
私は救急車の担架から、救急治療室のベッドへ。


 

その直後、私は気を失い、その後の事は覚えていません。



 

 




 

 

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