主治医の計らいで年末年始の外泊許可

入院が長引き、時は2004年(平成16年)12月中旬、
年の瀬で世の中はクリスマス、正月と慌しくなっていました。


私はと言えば、肝臓がん末期による余命3ヶ月の宣告から
9ヶ月が過ぎようとしていました。


余命宣告の【3倍】の月日が流れていました。


まさか生食水の影響(副作用)でこんなにも長い間入院する事になるとは思ってもみませんでした。


急変して亡くなってしまった同室の患者さんなどを見てきたので
癌、それも末期がんの怖さはまた更に感じましたが、
【薬の副作用】も自分の想像以上に恐ろしいものだと言う事を体験した入院でした。



・・・とは言っても、ずっと期待している退院の許可はなかなか出ませんでした。


『まさか正月も病院になってしまうのだろうか・・・。』


毎日毎日点滴を受けながら、体調の安定、そして退院の許可を願っていました。


この頃の胆汁は、安定したかと思えば不安定になったりと
決して『安定』とは言える状態ではありませんでした。


『出来る事なら正月は大好きなニューイヤー駅伝を家で観戦したいなぁ。。。』

 

年末が押し迫るにつれて、私のそんな気持ちは強くなって行きました。

しかしそんな話しを妻にしても、妻は私が自宅に帰る事に関しては同調してくれませんでした。


「お父さんの気持ちは良く分かるし私も出来る事ならそう思うよ。
だけど、今の季節、夜や朝方はマイナスまで温度が低くなるんだよ。
病院にいれば温度も一定に保ってくれてあるけど、
家ではそうは行かないでしょ?!
もし万が一、風邪でも引いて肺炎でも起こしたら大変な事になってしまうよ。」


元看護師の妻だからの考えだったと思います。

病人にとって、肺炎はある意味『死』を意味すると言えてしまうかも知れないからです。

病を患っていると、免疫力は健康な人から比べて低い場合がほとんどです。

そんな状態だと、一旦風邪を引いてしまうと風邪から肺炎、そして急変と言う事は少なからずあるようです。


妻はそれをこの時期、一番考えてくれていたようでした。


私は退院したいのは山々でしたが、妻のそんな考えも良く理解出来ました。


なのでいつもだったら主治医に食らいついて退院をせがんでいた私でしたが
この時ばかりは妻の言う事を聞いて、
自分からは主治医に退院の話しはしない事にしました。


主治医から退院の許可が自発的に出るまでは、病院にいようと思いました。


 

胆汁の出はともかく、体調的に良い状態ですと、
入院生活は本当に1日1日が長く感じられるものです。。。


テレビを観ていても、面白く感じられなくなってきます。


そんな中私の楽しみと言えばやはり、
1階の喫煙所でコーヒーを飲みながらタバコを吸って、
入院患者さん達と世間話しをする事でした。


しかしさすがに年末時期ともなりますと、気温は低く
そう長くは座っていられません。

まして当時の私は体重がちょっと増えたとはいえ、【40キロ前後】。。。


骨と皮だけのような身体では異常な程寒さが身に染みる訳で。。。


 

『楽しみの時間』が短くなる分、余計に退屈感を味わってしまった時期でもありました。


 

クリスマス時期が終わると、
元気な患者さんは一時帰宅の許可が出ていました。


同室の患者さんも先生から許可が出ていました。


『病室に残るのは俺だけかな:::。』


 

そんな事を考え始めていた頃、主治医はしょぼくれている私に粋な計らいをしてくれました。


「笹野さん、正直悩んだのですけど、
このまま胆汁が安定するようでしたら正月は外泊しても良いですよ。」


「ありがとうございます!出来れば正月は家で迎えたいと思っていたので嬉しいです。」


「ご自分で体調を考えて、外泊を決めて下さい。
ただ、無理は絶対にしないで下さいね。
それと、もし少しでも体調が悪いと感じたら、すぐに病院に戻ってきて下さい。」


 

私は、主治医の考えに感謝しました。


 

あとは、どうするにも自分次第・・・、
ちょっとでも無理をして家族に更に迷惑をかけてしまう事だけは絶対に出来ないししないと考え、
とにかく胆汁が安定してくれる事を願うばかりでした。



 






 

 

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