キノコ狩りに行って

10月は私の趣味でもあるキノコ狩りシーズンです。

私はやっとの思いで退院することが出来、
点滴の無い日曜日のある晴れた日、
私は皆を誘って軽井沢へキノコ狩りに行きました。

いつもは病室の窓から眺めている景色に今現在自分が居る!

 

長期で入院された事がある人でしたら
この嬉しさが分かって頂けると思います。

私はとても嬉しく心は年甲斐もなくウキウキしていました。

 

軽井沢ICを降り、浅間山へと向かいました。

近くで見る浅間山はとても雄大でした。

また、この年は火山性地震が続き、臨時火山情報が出ていました。

いつもより噴煙が多く出ているのを見て、ビックリしたことを覚えています。

途中、休憩所に立ち寄り、胆汁の様子を確認しました。

ショルダーバックの中を覗いてビックリしてしまいました。

わずか1時間半程しか経っていないのに
胆汁は容器から溢れだし、ショルダーバックの中にまで溢れ出ていました。

 

「胆汁が溢れちゃったよ。。。」

妻に伝えて私は胆汁を道の脇に捨てに行きました。

良く確認してみると、ジーンズまで胆汁で濡れてしまっていました。。。

ここ数日は胆汁も安定していたのにしていたのに
ある意味『急変』・・・、『心ウキウキ』が良くなかったのでしょうか。。。

 

「お父さん、もう帰ろう。帰った方が良いよ。」

キノコ狩りの場所まではもうすぐそこまで来ていました。

私の趣味のキノコ狩りです。。。

そのまま帰るなんて、とてもとても出来ませんでした。

「キノコを採りながら様子を見るよ。」

 

大人げないと言われてしまえばそれまでですが、
私はとにかく、がん宣告されて初めてのキノコ狩り、
次にいつ来れるかわからない、もしかしたらもう・・・、
何度考え直してもそのまま帰る事だけは考えにありませんでした。

 

車で少し走りいつもの『ポイント』に到着。

しばらく歩きながらキノコ狩りを楽しみました。

ある場所に来ると目印を見つけました。

その目印は胃がんで亡くなった兄が付けたものです。

77-2

私達兄弟が『キノコ狩りの良いポイント』として記憶した場所でした。

私は妻に伝えました。

「この目印は兄貴が元気だった頃、つけたものだよ。
もし万が一、オレが死んでしまっても
また子供達と一緒にこの場所に来て、キノコ狩りを楽しんでくれな。」

 

妻は黙って下を向いていました。。。

その場所に立っていると兄の面影・・・、
兄と一緒に林の中を歩き廻った思い出がいろいろと甦って来ます。

私は何となく、その兄が付けた『目印』に話しかけました。

『俺も癌になって、余命宣告まで受けてしまったけど
今こうしてどうにかこの場所にまた来る事が出来たよ。
まだ病気がどうなって行くのか正直不安だけど
俺は絶対に癌には負けないよ。必ず勝つつもり。。。
もう少しこの世界で生きて行こうと思っているから。
来年もここに来る。兄貴・・・、俺を見守っていてくれ。。。』

 

キノコ狩りはお目当ての【シモフリシメジ】をはじめ、数種類、
思っていた以上に採る事が出来ました。

胆汁は1、2度捨てましたがそう大きな乱れはありませんでした。

久々のキノコ狩り・・・、とても楽しい時間を過ごす事が出来ました。

 

採ったキノコは卵とじやけんちん汁、
そして年末大晦日の年越しそばなどに食べるのが我が家の定番となっています。

 

 

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