『お父さんはもう死なないと思うよ。』

末娘の車の修理を終えた達成感を感じながら私は病院に戻りました。


「ちょっとタバコを吸ってから病室に戻るよ。ありがとう。」

そう言って妻と別れました。


喫煙所を見るといつもの患者さん達の顔がありました。


「最近、昼間はほとんど見かけなくなりましたが何かあったのですか?」

一人の患者さんが声をかけて来ました。


「ちょっと用があって外出許可をもらってたのでここ最近はほとんど毎日外出してたんです。」


入院をしていると、自分が『動いている・活動している』時間が極端に少なくなるため、
他人の事やまわりの事がとても気になるものなのです。。。


 

その翌日からは私は特に外出する事も無く、点滴を毎日続けていました。


その甲斐あってか、体調もだんだんと安定していき、
1日の点滴の本数も4本から3本に減りました。


こうなって来ると今までの経験から、退院が真近になっている事がわかります。

予想通り数日後、主治医から退院の許可が出ました。


 

そして退院当日、私は正直な気持ち、退院出来る嬉しさ以上に
大きな不安を感じていました。


それは『脱水症状』です・・・。


『またすぐに脱水症状になって病院に戻って来てしまうのでは・・・?』


『いやいや・・・、それより何より、もうあの辛くて大変な脱水症状には2度となりたくない・・・。』


自分でいくら気を付けていても、なってしまう時はなってしまうので、
安心出来る対策は無いのがとても不安でした。


 

「笹野さん、退院おめでとうございます。
このベッドは笹野さん用にいつでも空けておきますから。」 


主治医は冗談交じりに言っていましたが、私は言葉に表せない気持ちになりました。

苦笑いするしかありませんでした。


 

時は7月下旬、夏休みに入ったばかりの頃でした。

梅雨も明け、暑い日が続いていました。


 

この頃、私の身体はまた違う『体調異変』を起こしていました。


一つは『鳥目のような暗さ』

そしてもう一つは『異常な程の寒さ・寒気』でした。


7月下旬だと言うのに、窓から入るそよ風に、異常な程の寒さを感じました。


 

『癌になると、こんなところまで身体の変化が起きてしまうのだろうか・・・。』


 

呆れてしまうかも知れませんが、私はストーブを出してもらって火をつけた程でしたから。。。


もちろん、一緒に暮らしている妻は『半袖』です。

自分の異常さに大きな不安も感じていました。


 

でも、ちょうどそんな頃だったと思います。

妻が一言、私に言ってくれた嬉しい言葉がありました。


『お父さんはもう、死なないと思うよ。。。』


 

私はそれを聞いて大きな生きる希望と勇気を持つことが出来ました。

死の淵まで一緒に体験した妻だからこそ言える言葉で、
そんな妻に言われた言葉だからこそ、私は素直に嬉しく聞く事が出来ました。


この一言にどれだけ勇気づけられた事か・・・。

妻には感謝してもし切れない程の気持ちでした。


私の肝臓がん闘病生活を振り返っても
この言葉のおかげで今の私があると言っても過言ではないと言えるほど
私には大きな言葉でした。





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