新潟県中越地震

2004年(平成16年)10月23日、
この日、私はちょうど外泊許可をもらって久々に自宅に戻って休んでいました。


夕方、家が大きく揺れました。突然の地震でした。


私も妻もビックリしましたがすぐ揺れは治まり一安心すると
またすぐに強い揺れが来ました。


「キャー」 妻がビックリして叫びました。

私もこんなに大きな揺れは経験がありませんでした。しかも2度も。


 

「お父さんが外泊で家に居てくれて本当に良かったよ。」

妻がそんな事を言っている矢先、またもや3度目の強い揺れが来ました。


私は必死で食器戸棚を押さえ、妻は電子レンジを押さえていました。


テレビをつけると地震速報で、新潟県中越地方が震源地となっていました。


そこは私達が毎年海水浴へ出かける途中の場所でした。


そのあたりのサービスエリアの道の外壁には錦鯉の画が描かれていて
その画は心が和む、私はとても好きな画でした。

また、そのあたりは田園風景が広がり、遠くに山並みが見え、それは雄大でした。


「あの場所の近くが震源地みたいだよ。」


「あののどかな場所が・・・、本当に分からないものだね。。。
でもお父さんが居てくれて本当に良かった。
私ひとりだったら不安で眠れないよ。。。」


 

翌日、病院に戻ると話題は誰もが地震の話しでもちきりでした。


病院もかなり揺れたそうでした。


そんな中、私を検査に来た看護師さんとも地震の話しをしました。


するとその看護師さんのお母さんは震源地の近くに住んでいると話しをしてくれました。


幸いな事にお母さんは昨日、
看護師さんの家に遊びに来ていて難を逃れたとの事でした。


「もしお母さんが私の家に来ていなかったらと思うとゾッとします。。。」と言っていました。


そのお母さんの近所の人の話しでは
お母さんの家もかなり損傷を受けているとの事で、

「一緒に帰って手伝ってあげたいけど、私の仕事が仕事だけに・・・。」

と家に戻ったお母さんを気にしていました。


 

こんな大変な時でも私達患者のために仕事を続け、気を使ってくれていました。

本当にありがたく、感謝の気持ちでした。。。





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