肝臓がん(末期がん)闘病記の笹野富美夫と申します。



【生きるを伝える】(テレビ東京)に出演させて頂きました。




肝臓がん末期の闘病記の笹野富美夫です。




こんにちは。笹野富美夫と申します。

私は2004年(平成16年)3月、肝臓がんの末期のため、余命3ヶ月の宣告を受けました。

C型肝炎から肝硬変、そして肝臓がんへと進行して行きました。


 

全く指針の無い、気持ちも不安定な状況から闘病生活が始まり、13度の入退院、その間、妻は4度も医師から『もう無理です。』と宣告を告げられていました。

そんな中、私は妻をはじめとする家族の支え、友人知人の支え、幸運も重なり余命宣告から1年半後、末期だった肝臓がんの腫瘍が消えてしまいました。

そんな私の闘病記を記して行きたいと思います。まずはコチラをご覧下さい。

肝臓がん活気にて余命3ヶ月告知書1 告知書2

↑クリックで拡大します。


肝臓がん末期による余命3ヶ月の告知書です。

胆汁を体外に出すためのチューブ



私の肝臓がんの腫瘍は肝臓の中心部にあったため胆管が圧迫され胆汁の流れを止めてしまいました。

そのため、人工的に胆汁を体外に出す方法として身体の中にチューブを入れそこから直接胆汁を出していました。私の闘病生活の中でこの《チューブ》がとても厄介な存在でした。。。


 

■抗がん剤への不信、そして統合医療

私が肝臓がんを患う約5年ほど前の1999年(平成11年)7月8日、

最愛の兄が胃がんの末期でこの世を去りました。

私は残念ながら兄の最期を看取る事が出来ませんでした。

兄が亡くなった後、入院していた病院の院長先生からこんな話がありました。『お兄さんは、余命3ヶ月と言われていましたが
それよりも1ヶ月延びて良かったですね。』と・・・。


院長先生の無責任とも感じるその言葉に、私は思わずこんな事を聞いてみました。


『院長先生、抗がん剤はどの位の確率で効くのですか?』

すると院長先生は、間をおいて少しためらいながら、こうおっしゃいました。

『100人に対して数人ですかね。』と。。。


 

私は思わず絶句してしまいました。

そんなものに最愛の兄の命を預けていたなんて。。。

 

私はそれまで、病院で治療してもらえればほとんどの病気は良くなるものだと思っていました。

もちろん『癌』に対しても同じです。

 

私はこの日を境に『抗がん剤は効かない』と考えるようになりました。

それと共に、健康に関する知識を自分なりに持とうと意識するようにもなりました。そんな私がその約5年後に末期がんの宣告を受けるとは夢にも思っていませんでした。

肝臓がん、それも末期との診断を受け、私の頭の中には【死】と言う文字だけが浮かび、頭の中はしばらく真っ白になりました。

妻はその場で泣き崩れていました。。。


しかしそれからしばらくすると、兄の死があったためか、私はがんに対して理解し、正面から向き合う事が出来るようになりました。

それから生きるための闘いが始まりました。

闘病中の1枚:肝臓がん末期闘病記

末期がんとの闘いは、家族を含めて生死を分ける道のりであり想像を遥かに超える苦難の連続でした。


浅間山
浅間山です。

私は闘病中、病院の窓から良く浅間山を眺めていました。

私の趣味は『山菜狩り』で、シーズンになると良く浅間山に行っています。兄も山菜狩りが好きだったので良く一緒に行っていました。

そんな思い出いっぱいの浅間山を眺める事で気分転換、そして生きるための元気や希望、勇気をもらっていました。


肝臓がん末期で余命3ヶ月の宣告を受けてから、【約11年】が経ちます。(2015年現在)

人間の身体は、本当に『不思議』だと思います。

生きる方法として唯一残された肝臓移植を断り、(癌に良いとされる)抗がん剤治療を受けずに統合医療の代替療法を中心にして末期の肝臓がんを克服することが出来ました。

最近では、西洋医学の医療機関でも代替療法を取り入れる病院が出始めて来たようですね。

今も元気に生きている様子をお伝えしながら末期がん患者の一先輩として、同じ病を患っていらっしゃるご本人やそのご家族方に生きる勇気や希望を少しでもお伝え出来たら幸いです。




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